2003.11.19

本の形態(活字離れその2)

前回の活字離れの話は自分でも何を言ってるのかよく判らないような話(でも、完全に間違っているとも言い切れないと感じたので残してある)だったので、今度は全然違う切り口で書いてみたい。

私は最近 Palm(正確には IBM の Workpad c3)で通勤途中に本を読むことにしている。以前は文庫本を持ち歩いていたのだが、Palm のほうが小さくて持ち運びに便利である。字が読みにくいかと思ったが、低解像度なりに字を大きく表示すれば良いだけで何の問題もなかった。

問題は Palm で何を読むかだが、オンラインデータ化された本は実は大量にある。例えば日本では青空文庫などの団体がPDSになった著作をボランティアを動員してオンラインデータ化しているのである。関係者各位の努力に敬意を表したい(いい時代になったものです)。しかし、新刊書についてはデータで販売されているものはまだ稀であると思う。しかたがないので通常の本の形で買うのだが、紙媒体で買った本で文庫本より大きなものはほとんど積ん読になってしまっていて、なかなか読めないでいる。

本は木材資源を大量に消費する紙という媒体で作られており、再利用も大変である。古本屋という本を再利用するための仕掛けが昔からあるが、古本については著作者に利益が還元しないシステムになっていることが気になっていた。読まない本は積極的に古本屋に持っていって他の人の読んでもらったほうが地球に優しいと思うのだが、著者には優しくない(著者に還元するシステムができれば良いのですが)。

古本の取引を著者に還元するシステムは、いままでできなかったものが明日急にできるようになることはなさそうである。それよりはデータの形で本が販売されたほうが木材消費量は減るかもしれない。もっとも不正コピーをどう防止するかの問題があるのだと思うが。

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